COLUMN

介護走り書き(連載12回目)

前号では、猛アタックの末にようやく老人ホームに就職出来たこと、そして、1年でも早く介護福祉士国家資格を取得したいと思い、NHK学園高等学校専攻科(通信課程)で猛勉強を始めたところまでお話しました。

 初めて勤務した施設は老人保健施設でした。老人保健施設は、「病院で治療する必要はないものの、自宅で暮らすのは困難」という心身状態の高齢者が、リハビリテーションを目的に数日~3か月ほど入所する施設です。夜勤もある変則勤務体制でしたが、それでも月に8~9回の休みは確保されていたので、私にしてみればかなり有り難い職場環境でした。

 また、この施設では、その後の私の人生に大きな影響を与えてくれた素晴らしい方たちとの出会いがありました。
 まず、元お笑い芸人の私を採用してくれた、T施設長。精神科の専門医で、フロアで会うと、いつもニコニコしながら声を掛けてくれました。この方との出会いがなければ、私は介護の世界に入ることが出来ず、あのまま「負のスパイラル」から抜け出すことが出来なかったと思います。その意味では、「命の恩人」と言っても過言ではありません。
 そして、100人もの現場スタッフをまとめていた看護師長のSさん。「褒めて伸ばす」タイプの師長で、お調子者の私は、Sさんにたくさん褒めて頂いたことで、ずいぶん伸ばして頂きました(笑)。
 また、フロアの主任だった看護師のYさん。仕事をテキパキとこなすベテラン看護師で、利用者や職員からの信頼も厚く、私の初歩的な質問にも、いやな顔一つせずいつも親切に教えてくださいました。
 そして、このフロアの副主任のIさん。Iさんは、私より5歳ほど年下の介護福祉士の男性でした。Iさんからみると私は、「年上の、しかも、変わり種の新人」ですので、きっと扱いにくかったと思います。でも、介護福祉の仕事を基本のキから親切に教えてくれただけではなく、仕事帰りによく飲みに行っては熱く語り合ったものです。
 ほかにも、多くの素晴らしい先輩や仲間に恵まれました。この方たちとの出会いがあったからこそ、介護福祉の魅力に気づくことが出来たのだと思っています。

 このように素晴らしい上司や仲間に囲まれて、私は充実した日々を送っていました。そんなある日のこと、看護師長のSさんに突然呼び出されました。「何か失敗でもしちゃったのかなぁ」と不安な気持ちで師長室に行くと、Sさんは、「あのね、君にやってもらいたい仕事があるの。引き受けてくれるわよね?」と、“絶対に断れないオーラ”を出しながら、話を切り出してきました。
 私はおそるおそる「…はい…。で、どんな仕事でしょうか…?」と聞くと、「レクリエーション委員長よ!元芸人のあなたにはピッタリでしょ。少なくとも毎月1回は行事をやるから、その行事の企画と運営をやって欲しいの。やってくれるわよね!」と言いました。私は、その時は何だか良く分かりませんでしたが、とにかく「断ることは許されない状況だ」ということは分かったので、「はい!頑張ります!」と、引き受けました。
 フロアに戻って、主任のYさんと副主任のIさんに報告すると、「た、大変だけど…、頑張ってね」と二人とも気の毒そうな目をしながら言いました(笑)。その目をみた時、私はようやく「大変な仕事を引き受けてしまったんだ」ということに気がつきました。でも、引き受けた以上は、全力で取り組もうと心に誓いました。

 そうして私が最初に担当することになったのが、2月の「節分」の行事でした。例年、この行事は、職員が厚紙で出来た鬼のお面を被って適当にフロアを走り、数人の利用者がこれまた適当に豆を撒いておしまい、といった感じの、かなり消極的なイベントでしたが…、おおーっと、今月はここで字数制限(笑)!この続きは来月に!
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