COLUMN

介護走り書き(連載13回目)

前号では、念願の介護職員として働き始めたこと、その施設では、私の人生に大きな影響を与えてくれた素晴らしい方々との出会いがあったこと、そして、施設内の行事全ての企画・運営を担当する“レクリエーション委員長”に任命されたところまでお話しました。

今月はその続きの予定だったのですが、先日、ちょっと嬉しいことがあったので、その話をさせていただきます。11月に、私が現在勤務している宇都宮短期大学の学園祭が開催されました。なんとそこに、東京の福祉施設で一緒に働いていた仲間が遊びに来てくれたのです!何年ぶりの再会だったでしょうか。7~8年ぶり、いや、10年ぶりくらいかもしれません。時々メールで連絡を取り合ってはいたのですが、まさか宇都宮まで来てくれるとは!学園祭当日の嬉しいサプライズでした(笑)!

その遊びに来てくれた友人は、理系の一流国立大学を卒業後、コンピューターの会社でモーレツサラリーマンとして働いていた経験があります。ところが、20代後半、突然その会社を辞めて介護職員になりました。私と彼とは同年齢で、しかも同じ転職組ということもあって意気投合し、当時は仕事帰りにしょっちゅう飲みに行っていました。ある時、私が、「国立の一流大学を卒業して、いい会社で働いていたのに、どうして突然介護職員になったのか?」と質問したときのことです。彼は、しばらく考えた後、「コンピューターは、『おはよう』って挨拶しても『おはよう』と返してくれない。職場の仲間も、コンピューターとばかり向き合っていて、やっぱり『おはよう』と言ってくれない。挨拶もしないような環境は普通じゃないと思えてきた。当たり前の環境、つまり、朝会って『おはよう』って言ったら『おはよう』って返してくれるような環境で働きたいと思って、介護職に転職した。」と話してくれたのです。

彼の話を聞いて、なるほどな~と思いました。確かに、毎日忙しく暮らしていると、「当たり前であることの幸せ」にすら気づかなくなることってありますよね。ちなみに彼とは一緒に働いていた施設で、様々なことにチャレンジしました。身体拘束廃止の活動を行ったり、施設内で毎月居酒屋イベントを開催したりと、施設の利用者様のために、いろいろなことを企画しました。仕事帰りに飲みに行っても、「今度はこんなことをしてみよう!」とか、「ここは改善しなきゃならないね」と、仕事の話ばかりしていたのを憶えています。

そして、現在の彼は、東京都内の福祉施設でケアマネージャーとして勤務しています。都内に一戸建ての家を購入し、家族三人で仲良くくらしているとのことです。おそらく、世間一般の人が抱いている誤解、すなわち「介護職員は低賃金で、家族を養っていけない」というイメージとは、かなり違うのではないでしょうか。もちろんこれは、介護福祉士国家資格を取得した後、通信制の大学に編入して社会福祉士国家資格を取得したり、ケアマネージャーの資格を取得したりという、努力の結果でもあると思うのですが。

以前にもこのコラムで何度か書きましたが、私も、介護職の社会的な地位がもっともっと上がることや、給料がもっともっと上がることを望んでいます。ただ、それは一朝一夕ではなし得ないことです。地位や処遇を改善するためには、まず、介護職の専門性を世間に認めさせなくてはなりません。そして、専門性を認めさせるためには、やはり自ら勉強することが必要となってきます。幸いなことに、福祉系には働きながら学べる通信制の大学が多くありますし、各種の研修会も開催されています。介護職員の皆さんには、どんどん学び、専門家としてステップアップして頂きたいと願っていますし、介護福祉事業の経営者の方々には、職員の方が学べる環境や機会を提供して欲しいと思います。
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